触れて、キスして。 −3−
「嫌だ、あんたっ、すごい血じゃないのっ」
オバちゃんはあたしを見てそう言うと、すぐそばのコンビニから騒ぎを聞きつけて出てきた人々に向かって大声で叫んだ。
「ちょっと誰か! 警察と救急車に電話して!」
割れたガラス瓶が道路にあったせいで、脚をざっくりと切っていたようだった。オバちゃんはあたしの腕をぐっと掴んだ。
「大丈夫、もうじき救急車が来るわ。もうちょっと我慢しなさいよ」
あたしはまじまじとオバちゃんを見た。見ず知らずの人間に優しくできるなんてすごい、と思った。あたしも…うちの母親も、適当にあしらって誰かに押し付けて、早々に立ち去るクチだ。
オバちゃんはママチャリの買い物袋からペットボトルのスポーツ飲料を取り出すとキャップをねじって、あたしにくれた。
「飲みなさい。喉が渇いてくるでしょう。切ったりするとね、気分が悪くなるからね。あたしも昔、やったから」
「……ありがとう…」
あたしは震えながら、礼を言った。確かに気持ちが悪くなって、体の震えは止めようとすればするほど酷くなっていた。
まずは制服の警官が先に、そして救急車がやってきた。救急車のなかで応急処置を受けて、財団法人の総合病院に搬送された。
マスクをした男の医者があたしの裂けた脚を縫った。
正直、もうひとりの先生のほうがよかった。背が高くて、セルフレームのメガネも髪型もカッコよかったし。
あたしの担当の先生は、ぼさぼさで真っ黒な髪の、色白の男だった。今時ちょっとないだろう、ださいデザインの銀縁メガネ。メガネの奥の目はちょっと垂れてる。左目の下のほくろが、ホントに人畜無害ってかんじ。
先生はとろそうな容貌に反して手は早く、テキパキと傷を縫っていった。
「すっぱりいっているからね。傷跡はそんなに目立たないと思うよ」
その間も、看護士がオキシフルの脱脂綿でぽんぽんと膝小僧の擦り傷を手当してくれる。
縫い終わると、先生は笑った。…マスクの下はわからなかったけれど、目がますます垂れたので、たぶん笑ったんだろうと思う。
「ハイ、おしまい。…あとで痛み止めと化膿止めの薬を出しておくからね。親御さんが迎えにこられるまで、ベッドで休んでてね」
まるで子どもに話しかけるような、やわらかく優しい声だった。
あたしはなんとなく居心地が悪くなって、先生の胸ポケットの名札に目線を移した。
先生の名前は内藤淳と言うらしい。
ベッドで休んでいると薬が効いてきたのか、目蓋が重くなって、とろとろと目をつぶった。
……どのくらい眠ったんだろう? ふとあたしは目を覚ました。病院に来たのは昼間だった。でも今、窓の外はすっかり暗くなっていた。
ぼんやり窓を眺めていると、ばたばたとうるさい足音がした。
「明日実!」
鬼のような顔で、あたしの名を呼ぶ中年女がいた。…母親だった。
思わず、眉を顰める。
服を掴んで引き寄せると、クソババアはあたしを平手打ちした。
「どうして……っ!」
クソババアの顔を見たくなくて、俯いた。俯きながら、今日はホントによく殴られる日だなって、思った。
「どうして、あんたは迷惑ばかりっ!」
クソババアはまたあたしを殴ろうとしたけれど、そばにいた看護士に止められた。そして、行き場のない怒りにぶるぶる震えて、あたしを睨みつけた。
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2008.05.21 | Trackback(0) | 触れて、キスして。

