苦しい息もたえだえに 10

「なっなんですか」

 思わず、どもる。北川はくっと目を細めると、口元をやわらかくして「触りたいだけ」と言った。

 触りたいだけ、と言いながら、掌は耳の後ろや、脇腹などの皮膚の薄いところを、くすぐるように撫でてくる。石鹸の泡の助けを借りて、掌がなめらかに肌を泳ぐ。

 脇腹から、掌が胸へ辿ってきたとき、氏家はびくりと震えた。北川の指が乳首に触れ、執拗にいじりだしたからだ。振り向いて、北川を睨む。

「やめてください」

 男の平らな胸など触ってなにが楽しいのだ、と思う。それにくすぐったさのほかに、なにか……変な気分になってくる。

「男のここもさ、性感帯のひとつなんだよ、知ってるか?」

 北川はそんなことを言い、バシャリと湯船から出てきた。狭い浴室に男がふたりで、とても窮屈だ。なのに、北川はお構いなしで、「ほかも洗ってやるからさ」と言い、氏家を立たせると、背後から抱きこむようにして、ナイロンタオルで擦ってくる。

 氏家は震えるようにして、小さく息を吐いてから、掠れた声をだした。

「あの、もういいです……」

 洗う、と言いながら、男の手の動きがどうにもあやしい気がする。ただ洗うだけなら、背後から抱きこまれるような、こんな体勢も変だ。それに、ナイロンタオルから指がはみだして、するすると撫でられているような……。

 泡だらけの両手が、するりと氏家の股間に伸びてきた。

「北川さんっ」

 唇をわななかせて、氏家は背後の男の名を呼んだ。

 体を洗ってもらう時点で、ペニスがひくりと反応した。乳首をいじられて、ゆるく角度がついた。直に触られたら、すっかり勃ってしまうだろう。

 首をねじまげて北川を振り返ると、男は楽しげに笑った。やめてほしいのに、男の左手が陰嚢をやわやわと揉み、右手がつるりと亀頭を撫でて、全体を擦ってくる。

「んうっ……」

 声など、だしたくないのに、堪えても出てしまう。氏家は半泣きで北川を睨んだ。

「やめてくださいっ」

 北川はじっと氏家を見つめてくる。

「気持ちよくない?」

 氏家は俯いた。気持ちは、いい。でも、こんな場所で、こんなことをするのはどうだろう。

 おろおろと目を逸らすと、北川がくすりと笑った。

「あんたのさ、なんか、かわいいんだよ。もうちょっと触らせて」

 北川はナイロンタオルから白い泡を絞ると、それを掌に乗せ、氏家のペニスを包みこんできた。その掌が、シュッ、シュッ、と擦ってくる。あっという間に、自身が完全に勃ちあがり、氏家はわななく唇を噛みしめた。

 左手でしごかれながら、右手で弾力のある先端の感触を、つるつると味わうように擦られる。石鹸の泡で鈴口が少ししみる。いや、それよりも射精感が高まって、我慢するのが辛い。

「も、やめ……、出る、からっ……」

 震えながら、切れ切れに訴えると、背後の男は軽く笑い、耳の後ろで囁いてきた。

「だせよ。あんたがだすとこ、見たい」

 見たいと言われて、氏家は震えた。どうかしてるとしか思えなかった。

 北川だって、もともとは異性愛者だ。初め、自分は突っこめる穴、女の代替物として求められたようなものだ。

 乳房のない平らな胸もペニスも勃起も射精も、男のものだ。

 布団のなかの暗がりならまだしも、それをこんな明るい場所で直視したら、ひいてしまうのではないだろうか。幻想のようなもの……夢から醒めるのではないだろうか。

「いっ嫌だ」

 抗い、北川の手をどけようとすると、亀頭の上のくびれにきゅっと力をこめられた。その刺激に、膝が崩れそうになる。北川の手がさらに追いつめてくる。

 我慢できない。氏家は小さく震えた。

「あっ!」

 白濁を壁の水色のタイルに飛ばし、氏家は唇をわななかせた。背後で、北川がくすりと笑った。

「気持ちよかったか、氏家さん」

 気持ちいい以上に、羞恥と脅えで、どうにかなりそうだ。

 黙りこんでいると、北川がシャワーのコックをひねった。あたたかい湯が降り注いでくる。氏家の体の泡やタイルに飛んだ残滓を流しながら、北川が口を開いた。

「かわいいな、ホントに」

 氏家は泣きそうになりながら、背後の北川を振り返った。

「そんなこと、あるわけないでしょう」

 北川はちらっと片目を大きくし、しばらくして楽しげにくくっと笑った。

「あんたのは、かわいいんだよ、すごく。だから、触りたい。ほかの野郎のは触りたくもないけどな。俺、あんた限定でホモみたいだ」

 愛しげに、包みこむような、やわらかな目で見つめられ、氏家はじわりと俯いた。どういう表情を作ればいいか、わからない。

 胸のうちがざわめいて、ざわめきすぎて、息が苦しい。喘息の発作よりも苦しい。……どうにかなってしまいそうだ。

「はっ」と震える唇で、大きく息をしていると、北川がトンと軽く肩を叩いてきた。

「ほら、もう少し浸かって。いっぱい、あったまっとけ。……しばらく裸でいるからさ」

 北川の言わんとすることに、氏家はぎくしゃくと頷いた。とても北川の顔を見ることができなかった。



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2008.12.03 | Trackback(0) | 苦しい息もたえだえに

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